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東京高等裁判所 昭和28年(う)1664号 判決 1953年8月31日

控訴人 被告人 清水敏朗

弁護人 沢邦夫

検察官 野中光治

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六十日を本刑に算入する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、末尾添附の被告人及びその弁護人沢邦夫各作成名義の控訴趣意書と題する書面に記載してあるとおりであるが、これに対し当裁判所は左のとおり判断する。

弁護人沢邦夫の控訴趣意第一点について。

指紋は人によつて異なるとともに、同一人の指紋が一定不変であつて、個人識別の絶対的な証明力を有することは今日何人もこれを争わないところである。所論指紋照会回答書記載の宮部貞美なる者の罪歴は東京地方検察庁からの依頼により府中刑務所内法務府矯正保護局指紋係が被告人から採取した指紋と対照の上確認されたものにかかるのみならず、被告人は原審公判廷において、これが回答書記載の罪歴を明らかに自認しているところであるから、該記載の罪歴該当者の氏名、本籍、住居に被告人のそれと異なるものがあるにも拘わらず、その罪歴の被告人の罪歴たることはついにこれを否定し得べくもない。而して、被告人が昭和二十七年二月五日東京高等裁判所において窃盗の罪により懲役壱年、執行猶予五年の判決を受けた事実があるにしても、それは当時における調査の粗漏から右回答書記載の罪歴を発見するに至らなかつた偶然の結果によるものと言わざるを得ない。果して然らば、原審が、前示宮部貞美の罪歴を被告人の前科として認定判示したことは正当であつて、これが前科を認定したるについて、所論いうが如き審理不尽による原判決破棄の事由たるべき過誤ありとすることはできない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 河原徳治 判事 中野次雄)

弁護人沢邦夫の控訴趣意

第一点原審判決は審理不尽の点がある。

本件被告人に対して原審が実刑を課した所以のものは実に前科の故である、被告人は二度実刑を課せられ更に執行猶予中であるという。指紋照会回答書によると実刑を課せられたのは宮部貞美であつて被告人ではない、しかし被告人の指紋と符合するのであろうし、そして又被告人も公判廷で認めたと原判決は理由中に述べているが此点に関する公判調書記載は極めて不明確であり、更に右回答書に記載された宮部貞美の本籍と、本件被告人の本籍とは全然異つている。住所は兎も角本籍の移動はその本籍へ照会すれば同一人か否かが直ちに明瞭にされるところである。然るに照会したという記録は公判調書の何処にも見当らない。被告人が公判で自供したというものの同じ年令の然も指紋の酷似した他の犯人が絶対にないとは言へない。指紋照会回答書によれば宮部貞美の犯罪は昭和二十三年十月と同二十五年二月である。しかるに被告人には昭和二十七年に執行猶予となつた事件がある、この時の公判においても指紋の照会は行われたのであろうが(事実行われている)該当者なく初犯として執行猶予となつたものに相違ない、もし此時被告人に前科があることが判つていれば執行猶予になる訳がない。かかることがある故に原審としては自供にたよらず殊更に照会して同一人か否かを確かめなければならない。そうでなければ昭和二十七年に行われた高等裁判所の判決はその威信を失うに至る。

原審が取調べなければならない右の事項を調査せずして宮部貞美の犯罪を被告人の前科と認定し、しかも右前科が原判決に重大なる影響を及ぼしているものであるから宮部貞美と被告人とが同一人であるという認定の調査に欠くるところある原審判決は審理不尽のそしりを免れないものと言わねばならない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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